今日は特攻隊に捧ぐという坂口安吾の作品を読んでみました。毎年この時期に行われるイベントに乗じてみました。
大元のことを理解していることがどれだけいるのか怪しいものだと私は思っています
前に勤めていた職場の勉強会で8月の原爆と終戦日を考える時間があったときに「日本とアメリカって戦争したことあるんですか?」と高卒の子に質問されて意識が遠のきそうでした。
特攻隊に捧ぐ
著者:坂口安吾
坂口安吾の特攻隊に捧ぐでは、戦争は良くないものであるが、「自分の生命を他人のために捧げる」という性質を持つ特攻隊の人たちの精神は美しい。
それが戦争や軍によって強制されたのだとしても、生と死を葛藤した隊員たちの精神は強く、芸術的に美しい。
だから特攻隊の隊員や精神を侮辱したり、貶したりすることはやるべきではない。
これを遠回しに伝えている、遠回しでもないかもしれませんが、作品です。
GHQ(アメリカを中心とする日本占領軍)の検閲にひっかかり、書かれた当時は一般に流通することの出来なかった本です。
戦争はそれをはじめる権限のあった政府機関やその時代の煽られやすい民衆が責められるべきであって、そのために生と死を葛藤させられた隊員たちが責められるべきではないと私も考えます
未だに左翼色の強い人たちが、かつての隊員個人や軍隊に似ている自衛隊や自衛官個人を責めている様子を見かけます。
そういう人に限って余計なこと(遭難しやすい山に登ってみたり、大雨のときに川に近づいてみたり)をして、いざとなったら普段はバカにしているけど「自衛隊助けてください」といっていることに呆れます
そして命の危険が去ったらもう一度罵倒をはじめる…
なんというか、自分の芯がない活動家は存在するだけ迷惑ですよね
そんなに嫌って、人助けのために働いているような人たちにまで罵声を浴びせて時には暴力をふるって、何も知りもしないで予算を取りすぎだと喚いて、人からご飯やトイレットペーパーを奪ってご満悦してるのに、命が危険になったら手のひら返しが鮮やかですねえ
そんなに分別なく嫌いなら災害時にもお前らの手は借りんと言って欲しいです(笑)
もしそこまでやりきるのであれば、そこには生と死の葛藤、そして自分の信念が存在する。
そこまで行き着くことが出来るなら美しいと私も思います。逆にそこまでできないならやるなと言いたいです
まあ現実、そこまで信念のある人はいない訳で、大半が平和にかこつけて、平和のために働く人たちに自分の中にある名前のつけにくい負の感情をぶつけて発散しているだけです。
それはどうなのかな?と思います
文明の中に生きるなら、負の感情はなんとかして人の迷惑にならない方法で発散するべきです
ということを考えました。
ここからは勝手な個人の意見です
蛇足ですが、沖縄観光に行った際に見かけました。
沖縄の活動家の中に交じる日本人以外の数の多さはびっくりします、彼らの会話は中国語や韓国語です
何も知らずにそれに賛同している人はただの馬鹿だと思います
周囲の国が平和を求めているなんて夢物語、今どき小学生でも信じてないですよ(笑)
小学生同士ですら、教室で貶し貶され、利害の取引がある世界です
それが年月が経ち、技術ばかりが大人になり、集団になり、隣国で利害関係で対立しないわけがない(_๑òωó)_バァン
それなのに憲法に書いてある条文だからと盲目的に信じて、沖縄目掛けて飛んでくる某国の爆撃機が見えてないのは…。
日本から一つでも島が取れるとわかったら彼らはきっと止まりません。
だって、占領してその上に住む人間を殺して土地から得る利益をとった方が利益になりますもん。
技術がある?じゃあその技術者以外はいらないよね?貿易?その状態で対等な貿易をしてくれると本当に思ってます?
一つの島が奪えるなら同じ方法で他の島も、そのうち本島も奪えるでしょ?となります
人口はたくさんいるのだから、わざわざ自分らの国の思想に染まらない人間を生かしておくのは利益にならない。
え?そんな簡単な考えをしてない?
逆です(笑)
おかしゆかし…かしかしかし…
みたいなオブラートに包んでぐちゃぐちゃやるのは日本人の特性でガラパゴス精神です
人間は技術は進んでいても文明は進んでないんです
ただ道具が変わっただけで精神は昔と変わりません
実際に沖縄から基地を消し去りたいなら、日本やアメリカにアピールしても意味がありません。
日本やアメリカも隊員もそこに基地置きたくて置いてるわけじゃないです。できれば自分の故郷に帰りたい。それなのにいる理由を考えたらすぐにわかります。
日本やアメリカの基地がそこに置かれている原因の中国や韓国に、沖縄を狙わないでくださいとロビイングした方が効果的です
どうしてただのOLが思いつくことをご立派な活動家の先生や政治家は気づくことが出来ないのでしょう?
私が抱いている不思議のうちのひとつです。みんながみんな、本当のことを言えない魔法にかかってるのではないかと常々思ってます
8月に平和を祈願して勉強するのはとてもいいことだと思いますが、現実をきちんと分析しない、平和を崇め奉れー!現実は見るなー!みたいな政府やマスコミの方針はダメだと思います
坂口安吾の時代と違って、今は検閲がない
そして情報の開示によって、日本が晒されている情勢(政府資料だけでなく防衛白書等にも事細かに書いてあります)がわかります
盲目的にご主人様(政府とマスコミ)の言う通り!ではいつか殺されます
それが私たちの世代なのか、子ども孫の世代なのかは私は知りませんが、じわじわと死にに行っているのは間違いありません。
今は見ようと思えば見えて、勉強ができるのだからきちんと情報に対して目を開いて、個人が学んでしっかりして政治に関わらなければいけないと思います
ということを改めて考えるので、8月のイベント的になっているのは完全な無駄ではないと私も考えてます(*^^*)
それでは、またねーヾ(*´∀`*)ノ