死とはどのようなことなのか。
そもそも、生きているとはどんな状態なのか。
普段の生活では考えることがありませんが、教養としてこの手の話題は読み漁っています。
今回は、宗教に頼らず哲学的に死について考えていく本を読みました。
秀逸な例え話で哲学的な問いかけを進めてくれるので、哲学書を初めて読む場合でも楽しく読み進めることができました。
「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版
生きているとは?
死について考える前に、どのような状態が生きているということなのかについて定義されました。
生きていることについて大まかに3つの主義があります。
この本では、人格主義に則って話が進められていきます。
- 魂主義
- 身体主義
- 人格主義
魂主義
魂主義とは、身体には霊的ななにか魂が宿っていて、魂がある限りは滅びない(死なない)という考え方です。
身体主義
身体主義とは、別名物理主義とも呼ばれ、身体を中心に生死を考える考え方です。
そのため、身体の同一性が重要視されますが、近年の脳死問題は身体主義の間でも揺れがあります。
人格主義
人格主義とは、その人の記憶と主義主張が一致していれば同一人物と見なして、記憶や主義主張がなくなってしまったら死ぬという考え方です。
そのため、脳死を定義する元の考え方になっています。
死とはなにか?
死について良いイメージはないでしょう。
しかし、死がなぜ悪いのかということを様々な例を用いて考えていきます。
存在とはどういうことか
生まれていない人間が存在しないことを哀れむことはあるだろうか?という問いかけからはじまります。
死が良いイメージでないのが、存在していないからだとしたら、今、生まれていないが、生まれてきたかもしれない人間を哀れむかという問題に直面します。
精子と卵子の結合で遺伝上どのような人間になるかが決まるが、5分ズレただけで結合する精子と卵子は変わる。
生まれてこなかった天文学的な人数の人間がいないことが悪いことだろうか?
死は良いことを剥奪するから?
結論として、死ということが悪いとされるのは、存在していた人にこれから起こりえた良いことが起こらなくなってしまうから、となりました。
80歳で亡くなった方が、85歳まで生きていたらひ孫と会えたかもしれない。孫の結婚式に出れたかもしれない。
こういう良いことを剥奪してしまうため、死は悪いこととされているというのが結論でした。
まとめ
こんなに頭の良い先生たちが考えても結論が出せない「死」について学んできました。
そもそも存在するとはどういうことか、生まれてない存在を哀れまないのはなぜか。
死について考えていく中で、普段の生活で当然のように思っている常識を疑って定義していきました。
哲学を学ぶことで、なんてことない常識の根本を考えられるのが哲学の醍醐味だと私は思います。
それではまたねーヾ(*´∀`*)ノ